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幻月

Phantom Moon
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序章 −緋色の月−

空の月が緋色に染まるのは、
誰かの生血をすすったからだと
眠れぬ弟にわざわざ話し、さらに眠らせぬようにしたのはいつの話だろうか。

本当は空気中の湿度のせいだと、わかっていながらしたその話を、
彼はいまだに信じているのだろうか、空を見上げた彼の瞳には緋色の月がぶら下がっていた。

先日の大震災で我が日本帝國は多大なる打撃をその腹に受けた。
幸い、水沢家の養蚕工場はそちらのほうにはなく、
痛手という痛手は受けなかったが、
さすがに政界に精通しているだけのことはあって、父は日々忙しそうに働いていした。

侯爵家である我が水沢の一族、嫡男の名前を聡流という。

そう、これが俺の名前だ。
| 話 −緋色の月− | 10:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一話 −目覚め−

幼少の時代より、私は多くの学問を学び、それに精通せざるをえなかった。
学ばせたのは父の面子の問題だったのだろうが、私にはそれ以上に重要な理由があった。

弟の、幸一の存在である。

彼は私の弟であるにもかかわらず、さして努力をしていないかのように見えるのに、
その才は火を見るより明らかで、何食わぬ顔で私の努力してきたものを土足で踏みにじるようにすら思えた。
その涼しげな顔の下に、どれだけのことを思っているのか、凡人私は図りきれなかったし、非凡の彼は図らせようともしなかったのだろう。

とりあえずここにあげるだけでも彼のことを私がつねに疎ましく感じていたことはわかっていただけるだろうが、実際はさらに輪をかけていた。

彼は私のことをとても慕っていたのである。

馬鹿にしているのかとも思えるその端正な顔で、まるで教師に教えを請う生徒のように彼は私の後ろをついて回る。
これが、どれだけ私の面子を傷つける行為かと、彼はわかっていないようだった。

彼は私を純粋に慕っているのに、私ときたらそんな彼にすら嫉妬する器の小さい男だと、自分で認めなければいけない機会を、彼がついて回ることで多々持った。
悟られぬように体裁だけ取り繕えば、私の面子はさらに傷がつく。

彼が口を開けばただただいらついて、それを億尾にも出せない自分の弱さを痛感した。

なぜ出せないのか、それは面子だけのの問題だったのだろうか。
はねつけてしまえば彼は距離をとるだろう、なぜ私はそれをしなかったのだろうか。

考えに考えた末、私はある結末に思い至った。

もしかしたら、こんなに疎ましく思っているのにもかかわらず、
俺は弟のことを嫌いきれいていないのではないだろうか、と。

| 話 −緋色の月− | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
第二話 −カフス−
ふと、扉をたたく音を聞いて、うつらうつらしたまどろみから覚醒する。
姿を確認しなくてもわかる、幸一が一寸のすきもないと言った格好でそこに立っていた。
後ろに執事の唐澤もいる。
まるでこの家の主のようだ、と私は皮肉めいて思い、苦笑した。
もうそろそろパーティーの準備が終わるので、早く準備をするようにと、父から言付かったと彼はいった。

あぁ、どんなに才能を隠していても、父は弟のことがお気に入りらしい。

わかった、と短く答えると、私の友人ももう玄関に来ているということだった。
妹のコウはどうしたのか、と聞けば、
パーティーに出席する女学院の友達の家に馬車を走らせているというらしい。
あいつに友達なんていたのか、と皮肉めいて言えば、
何でも宮家の人間で、父の関係上いやいや仲良くしているらしい。
なんとも彼女らしい考えに私は隠さず笑う。

唐澤から受け取った、ベストを着込み、燕尾を羽織る。
靴の紐を結んでもらう間に、袖を飾る翠玉のカフスをしようとすると、隣から腕が出てきてそれを奪った。
言わずもがな弟の腕である。
なんでも瞳の色に合わせたほうがいいと、自分のしていた青玉のカフスをはずして、
一切の無駄を省いた美しい動きですばやくそれを私の袖につけてしまった。

唐澤にどうおもうと聞くと、わたくしもそのように思いますと、
控えめながら返事が返ってきた。
その答えはわかりきったものなのに、なぜ私がいちいち聞いたのかというと、
私が納得した、という形よりも、唐澤がいいと言ったから私は納得した、
という形のほうが、私の自尊心を傷つけずにすむからである、
なんとも子供らしい、浅はかな考えだろう。

そうして私が、では、そうしよう、というと、弟はあからさまにうれしそうに笑ったのである。

そのわかりにくいほどささやかな笑顔が、
俺の心をかき乱す理由を私はそのときまだわかっていなかった。
| 話 −緋色の月− | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
第三話 −パーティー−

私が玄関へと続く中央階段を下りると、
そこらかしこの婦人から感嘆のため息がこぼれるのがあからさまにわかった。

婦人、淑女の間では、学習院の主席で、侯爵家の嫡男、加えて美麗な男というステータスを持った人間は、ただの獲物にしか移らないのだろう。
ぎらぎらとした視線にわからないように苦笑する。

目下に一人の切れ長な目の青年を発見した。

名を周助という、侯爵家づきの医者で学習院の次席でもあるかれも、羨望のまなざしを先ほどからその全身に受けていた。
大変そうだな、と皮肉めいて言えば、どちらが、と半ば退屈そうに彼は答えた。

ふと、また湧き上がる歓声に自然に眉がよる。誰かなどと確認する必要もない。

相変わらずの人気だな、と周助は口の端だけで笑う。
振り向かずに、自慢の弟だ、といえば、彼はまたどこか釈然としない笑みをたたえた。
周助は私が幸一を目の上のたんこぶだと思っていると知っているのだから、当然といえば当然だ。

突然、背後から名前を呼ばれる。

どうやらうちのお姫様が着いたらしい、父さんと幸一はもう玄関の扉のところにたっていて、私を待っているようだった。
当然宮家のお出迎えのためである。
仕方がない、と周助に一端の別れを告げて、私は唐澤の前を歩いた。

途中母さんを見つけ、要件を言って婦人の輪から離す。

宮家の夫人の相手をさせるのは女の彼女のほうが適切だ。
そうおもってしたことを、ほめてもらえるとは思わない、
当然のことだといわんばかりに父さんは眉ひとつ動かさなかった。
幸一が、同じことをしたら彼はどうしただろうと考えて、自嘲めいたその考えに苦笑した。

私は、満足にほめられた記憶がなかった。
| 話 −緋色の月− | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
第五話 −軋む音−
気のせいだ、と言われればそれまでで、
それでもそうでないと頭の中で何度も私は思った。

私にはこの、期待に光る乙女らのまなざしは
何か期待ではない別の蔑みを感じずに居られなかった。

口を開けば、当たり前のようにその話声は聞こえぬというのに、
なぜそのように思うかは不思議だったし、
こんな被害妄想じみた考えをする人間だったのかと、
舞踏を踏み、紫煙と酒の臭いを分けるように壁に立つ
幸一の事を見て歯を食いしばった。

幸い、志津子嬢も何処かとらえられぬ視線を宙に投げていたお陰で、
私が上の空だったという事は気には付かなかっただろうが、
しかし次にはたと見たときに、彼女の視線が
かちりと弟に向けられているという事を私は理解せざるを得なかった。

一瞬、さっと頬に朱を走らせた志津子嬢は、うつむき加減でしなだれがかり
私は案の定足を二度も踏まれる羽目になった。

彼女の家は宮家である。
宮の人間と結婚すれば、弟の地位も上がるし、家としても士気が高まるだろう。
そうして私は隅に追いやられ、父はまるで何か無機物を見るかのような眼で
私を見下ろすのかもしれない。
なのに弟と来たらどうだ、なにも知らない染まらない、真っ白な雪のように不可侵で
無垢な笑みを浮かべるだろう。
そうあの薄く笑うだけで、その場の空気が変わるあの笑みで。

そう思えば腹立たしいのか空しいのか、それとも焦りか何かが胸を走り上がり。
気が付けば志津子嬢を中庭に誘っていた。

ぎりりぎりりとねじを巻いたら
ぎしりぎしりと何かが軋む

あぁこれは心臓が軋む音か。


なるほど奇怪な音がする。
| 話 −緋色の月− | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) |