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幻月

Phantom Moon
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序章 −愁い幻想館−
ん?あぁすみません、読書に集中していたもので、気がつきませんでした。

もしよければこちらのスリッパをお使いください、素足のままでは冷えてしまいますから。

どうぞこちらに、いま紅茶をお持ちします。

ごちゃごちゃしたところですみません、片付けはするのですが、ほら、あんなふうに増えていってしまうので、追いつかなくて。

驚いていらっしゃいますね、かまいませんよ、大抵の人はいろいろなことに戸惑われますから。

どうぞ、熱いので気をつけて。

ん?ここはどこかと?お客様失礼ですが本日紹介状はお持ちでは・・・いえ、結構。

ここに来られる人はここが必要な人間です、どんな方でもわたくしどもの大切なお客様ですよ。

それでも、そうですね、こちらの説明をしなければいけません。

わたくしどもは、今、お客様が持っている一番強い願いを専門として取り扱っております。

『愁い幻想館』と、どこかで聞いたことはございませんか?

あぁ、その様子ですとご存知のようですね、噂の全容は知りませんが、概ねはあっていますよ。

最終的な判断はお客様に委ねております、お客様の場合、紹介状がありませんでしたから、突然このような場所に来てしまって驚いたでしょう。

もしよろしければ紅茶を、いい葉っぱなので美味しい内にどうぞ。

気に入っていただけて何よりです、このお店の紅茶は実はちょっとした自慢なのですよ。

あぁ、失礼、物が増える場所が特定できないもので。

驚かれたでしょう、いきなりひざの上に日記帳が現れたものですから。

そうですね、これはこちらの本棚に置いておきましょう。

珍しいものが沢山あるでしょう?

えぇ、お察しの通り、こちらの物はすべて代価でございます。

鳥篭以外でしたら、お好きにお確かめください、あぁ鏡はあまり長い時間覗き込まないように、それとそちらのテディーベアは少し縫い付けが甘くて・・・・すみません、言うのが遅すぎましたね。いえ、気になさらないで。

それでも、どうかよくお考えください。

こちらの店をご利用になる際には、お客様の、とても大事なモノをなくしてしまうという覚悟を持っていただかなければいけません。

・・・・・承りました、最後にどうぞ、紅茶を飲み干して。

目を閉じて、そう眠るように。

ゆっくり、深呼吸してみてくださいませ。



次に目覚めたときに、商品をお届けにあがります。



夢と現の境に店を構える、彼岸と此岸の仲介所。

『愁い幻想館』と人は呼ぶ。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一章 −文鳥− 第一話
朝ごはんを作る。
卵を割る、ジャーの中のご飯をよそう、冷蔵庫の中のブロッコリーを温める。
キッチンに行ってお湯を沸かす。
沸ききってしまう前にコップを用意する。

あぁそういえば二個もいらないのかと、ようやくそのとき思い出す。


−文鳥−


三和音にも鳴るポット、音を聞く前に火を消した。
あまりに生活の一部になってしまった、少し前までは当たり前の行動に自分でもあきれてしまう。
一度そんなことを考えるともう朝飯を食べる気にも慣れなくて、焼いた卵も、よそったご飯も温めたブロッコリーも全部捨てる、捨てたあとで冷蔵すればよかったとようやく気がつく、本当、何やってるんだろう。
朝ごはんを作る自分の姿、途中で寝癖だらけのお父さんが来て、老眼鏡を持ち上げながらゆるく笑うそのしぐさ、顔洗ってきなよ、と言いながら珈琲を淹れるその匂い、それは全部あってひとつになる私の大切な思い出だった。

それなのに、その大切な思い出の、一番大事な人はもういない。

私が物心つくときには、もうすでに両親は離婚していた、お母さんの顔は、覚えていないけど、不思議と悲しくはなかった、それが当たり前で、有り余るほどお父さんは私を愛してくれていた。
泣いていれば慰めてくれた、うれしかったことの報告は、自分のことのように喜んでくれた、どんなときでも頭にぽんっと手を載せて、がんばったね、って言ってくれた。
私はお父さんが大好きで、もう本当に大好きで、だから、2人でもかまわなかった、片親でも、母の日のカーネーションが行き場を失うのも、ぜんぜん気にならなかった。
それなのに、もういない、私を呼ぶあの声も、もう戻ってこない。
寂しくて、悲しくて、苦しくて、立っていられないくらいで、お父さん、娘がこんなに泣いてるのよ、って思ったけどやっぱりお父さんは戻ってこない。
ゴミ箱の前にしゃがみ込む、人が死ぬのは自然の摂理で、私が生きてる限りあと何回も訪れる、当然の現象だ、乗り切らなきゃいけない問題だって、そんなことはわかってる。
でも小さいときから、親は私の中で絶対で、『お父さん』は生まれたときから『私のお父さん』だと思っていた、親は死なないなんて思ってた、ずっと私のことを甘やかしてくれる、絶対な存在だと思ってた、でも違かった、あっけなく車に轢かれたお父さんは、冷たい肉の塊になった、者から物になってしまった。
取り残されて絶望を感じても、もう引っ張ってくれる人はいない。
歩みださないといけないのはわかってるけど、ここから歩き出したら、お父さんがいないのを当然としてしまうみたいで、そんなの、怖くて考えられない。
結局私は甘ったれで、悲しいと思って泣く私の中に、お父さんの姿を探している。

お父さん、私、お父さんの最後に間に合わなかったよ。

せめて最後にそばに居たかったのに、間に合わなかった、ごめんなさい、ごめんなさい。
そうしてひとしきり泣いていると、ふと、頭にぽんっと何かが乗った。

思わず吃驚して上を見上げると、その塊はぴちちと鳴いた
| 話 −愁い幻想館− (完) | 16:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一章 −文鳥− 第二話
見上げようとしても視線は会わない。
それなのに頭の上の固まりはお構いなしとぽんぽんと頭の上でジャンプした。


−文鳥−


えっ?鳥?どうして?どこから?えぇぇ!
頭の上で飛び跳ねる、真っ白で ―くちばしと足はピンクだけど― ちっちゃくて、ちょっと手に力を入れたら、ぷちっと死んでしまいそうな、そんな塊を捕まえる。
えっとなんだっけ、ペットショップとかで売ってたよ、えっと、あれ、本当になんだっけ、名前。

ぴちち

いや、ぴちちじゃないから、ぴちちじゃ、えっと、なんだっけ、あっそうだ『文鳥』だ。
なんで、いるんだろう、戸締りはしたし、さっきあけた窓もあれだ、網が張ってあるから入ってこれるわけじゃない。
換気扇からとか?いやありえないし。羽真っ白できれいだし、っていうか換気扇を思いつく私もありえないし。
そんなことを考えていると、ゴミ箱に捨てた卵の上にのって ―なんかすごくシュールだ― これまたさっき捨てたブロッコリーを我が物顔でつつき始めた、えっちょっとまって、あのそれお父さんの・・・ってあっ違うもういなかったんだ。
ちょっとあまりにびっくりして、いつの間にか涙も止まっていた、うわ、うそ信じられない、あんなに感傷に浸ってたのに、微妙に、思い出すと恥ずかしいこととか考えてたのに、なにこれ親の存在一瞬、本当に一瞬忘れちゃったよ、ごめん、お父さん私はすごい親不孝物かもしれない。

ぴちち

いや、だからぴちちじゃないから。
なんだよ、君、私がへこもうとすると泣き出す仕組みにでもなっているのだろうか。
首をかしげると、まねをしてその文鳥も体ごと横に倒した。
かわ・・・いい・・・けど、あの、そういう、いま、私、気分じゃない、よ、君。
かつかつと、すごいスピードで首を前後に揺らしてブロッコリーをついばんだその文鳥は、ふと、なにを見つけたのかくるるとした黒い目を一瞬だけきらんと光らせて真っ白なちっちゃい翼を広げて飛び上がる。
それを視線で追うと、リビングのソファーにはさまれたガラスの机にこれまた真っ白な鳥篭が置いてあって、その上にちっちゃな文鳥が一体化するんじゃないかと思うくらい姿勢よくかしこまっていた。
その鳥篭とテーブルにはさまれたカードを拾い上げる

     お品物をお届けにあがりました。
                         愁い幻想館

えっうそ、愁いって、あれ、うそ、夢じゃなかったの?
カードをひっくり返しても、表に戻しても、その文字は消えない、ただ真っ白なカードに焦げ茶のインクで ―それだけでなんか額に入れたら素敵なんじゃないかと思うくらい芸術的な、そんなきれいな文字で― やっぱり『愁い幻想館』、うそじゃない。

ぴちち

そう鳴いて主張する、目の前の文鳥を見つめる。
真っ黒なつぶらな瞳に、ちょっと湾曲した私が写っていた。
やさしそうなそれは、ぱちぱちと、まつげのないまぶたを何度も閉じる。
まるで、シャッターを下ろすカメラみたいに。

わたくしどもは、今、お客様が持っている一番強い願いを専門として取り扱っております。

私の望み、この、小さな文鳥が?
私の望み、一番の望み、一番強い私の願い。

お・・・とう・・・・さん?そう小さく言う。

ぴちち

それがまるで返事みたいで、私は思わずなきそうになった、さっきみたいに、寂しいからじゃなくて、本当に自然に、あまりに自然にでたから、一瞬なんで出たかわからなかったけれど。
意味がわかんなくて、ちょっと、涙、止まんないんだけど、どうしよう、本当にとまんないんだけど。
そんな風にどうしていいかわからないでいたら、またきらんってその目が光った。

えっなんでこっちくる、ってあっうそ、頭!?やだ、あんまりはねないで、髪、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ、信じらんない、この後学校なのに!
| 話 −愁い幻想館− (完) | 15:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一章 −文鳥− 第三話
何とか髪の毛をもとにもどして、それでも直らなかったところは黒いリボンでとめた。
うん、たぶんましにはなったと思うよ。
へへっと鏡の中の女の子が笑った気がした。


−文鳥−


その姿だと猫におそわれちゃったらひとたまりもないから、『お父さん』に外に出ないように言い聞かせると、その愛らしい『お父さん』ぴちちと可愛らしくないた。なんか、ちょっと違う気がするけど、まぁいい、ことにするよ、不本意だけど。
確かにあの鳥かごは綺麗だけど、『お父さん』を入れるのはなんかまたちょっと違和感があったので、そのまま家の中に放置することにした。
行ってきます、というと『お父さん』はまたぴちちと鳴いた

あの、だからなんか、ファンシーなんですけど、気のせい?

昨日みたいにインウツな気分じゃなくて、何だがわくわくとしたものが胸にあった。だって『お父さん』が帰ってきた、インウツって字かけないけど、それでもいいと思った。
えへへっと笑うと、後ろから自転車の音が聞こえた、見ると瑛蒔が手を振っていた。
よくこうして登校していると、後ろから瑛蒔が来て自転車の後ろに乗せてくれる。
今日も乗れよ、と彼が言ったので、かばんが前のかごの中に仲良く二つ収める、ふと、彼がこちらを見ているのに気がついて視線を合わせると、なんでもないと笑って頭をぐちゃぐちゃにされた、うそ、しんじらんない、今日20分もかけて直したのに!
シャクゼンとしないまま彼の後ろに乗る、乗るときに脇をつねってやると、いてっと小さく彼は言った、もちろんシャクゼンも漢字ではかけない。
お返しとばかりに瑛蒔はやたらめったらな速さで坂を下った、ちょっ!ブレーキ握って!せめて、あの、ちょっとでいいから!うぅーおぉーすぅーげぇー!!じゃないわよ馬鹿!あんた本当に頭悪いんじゃないの!
怖くなって後ろからしがみつく、目もすごいしっかりとつぶると、今度は頬に当たる風でとんでもない速さだっていうのが、なんだか目を開けているときよりも、よっぽどリアルに感じて、耳元でものすごい風の音が聞こえて、それもなんだかいやな感じにリアルで、もう、本当に怖かったから、もっと強くしがみついた。
そうしていたら、瑛蒔がその風にかき消されないようにか、よくわかんないけど大声で、蜜花が帰ってきてよかった!って言った、意味わかんないけど、なんか恥ずかしくなってほっぺたが熱くなった、冷たい風がちょうどよかった、後ろから見た瑛蒔の耳も、すごく赤くなってた。
ようやく坂を下りきって早さが普通になって腕から力が抜けると、肋が折れるかと思った、と瑛蒔は笑った、今度したら本気で折ってやるといったら、え゛って蛙がつぶれたみたいな声をだした、きっと顔も青いに違いない、ざまあみろ!

でもとりあえず私はこれ以上赤い顔を見られないように、瑛蒔の背中に顔を押し付けた。

| 話 −愁い幻想館− (完) | 15:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一章 −文鳥− 第四話
私はどうしても、どんなに時間がたっても、お父さんが冷たくなっても、焼却炉に入って、もうなにか解らない白い物体になっても、白い煙になっても、小さな壺にちょっとだけ平たい大きなそれが割られた音が聞こえても、お父さんの死を受け入れられなかったよ、それは受け入れたら本当になってしまうようで、受け止めてしまったら、スタートラインに立った陸上選手みたいに、その足の下の白線、この場合お父さんの死をのこして、走り出さなくてはいけないと知っていたから。
知っていて、どうしてもそのラインに立つことはできなかった。

踏みつける事なんて私にはできなかった、できなくて、それでいて、それでも立たなくてはいけないと解っていたから、だからその手前でうずくまった。



−文鳥−



瑛蒔が教室の前まで送ってくれて、手を振って自分のクラスに向かっていった。
去り際にまた頭をぐちゃぐちゃにされた、怒ったけど、なんか嬉しそうだったから、殴るのはやめておいた、だって目覚めちゃったら困る、何にって、あの、あれだよ、痛いの大好きな人。あっでも元からその気ちょっとあるかも、えっうそ、じゃあもっと気をつけなきゃだめなのかも。
そう考えて、自分がちょっと笑っている事に気が付いた、瑛蒔にも教えてあげよう、あと、洲哉、『お父さん』が帰ってきたって、二人とも喜んでくれるよね。

瑛蒔と洲哉と私は、学年がちょっとだけ違うけど、近所でも評判の幼なじみだった、お父さんのことも、二人はとても好きだったから、あの日、お葬式の日、凄くつらそうな顔をしてた、瑛蒔は泣きそうだった、洲哉は痛そうだった、それから、私の事を見てた、ぼんやりと覚えてる、私はそんな二人を見ていた、やっぱりそれもぼんやりと覚えてる。
それから何回か、様子を見にきてくれたけど、そのときのことはよく覚えてない。
あのときは、早く一日が終わらないかをずっと考えていたから。
どうすればいいのか解らなかった、息の仕方も忘れそうだった、それでも体には習慣が染みついていて、気が付いたら学校の席に座っていた、帰ったらお父さんが待っていると何処かで期待をして。学校ですべての悪い夢がリセットされるって信じてた。
今日は、うそじゃなくて、本当に、帰れば『お父さん』が待ってる、それを私は知っている。

そう思うだけで唇が笑っていた、現実は、なにひとつ変わっていないのに。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
第一章 −文鳥− 第五話
学校が終わると、瑛蒔と洲哉が教室まで迎えに来てくれた。
洲哉はちょっとだけ私の顔を見て、少しだけ笑った、本当に少しだけ、目元がちょっと緩むくらいの、本当に些細な変化だったけど、私はその笑い方をしっていたから、洲哉が嬉しいときにする笑い方だって知ってたから、私も嬉しくなって笑うと、瑛蒔が仲間はずれされた子供みたいな顔をした。もういじめちゃったかも、気をつけなきゃって朝思ったばっかりだったのに。


−文鳥−


今日は、家によっていってほしいな、と言うと、瑛蒔が少し驚いた、洲哉はあんまり変わらないけど、やっぱり驚いているみたいだった。
瑛蒔が自転車を押して、その隣に私、洲哉が並ぶ、陰が前に伸びて私たちはとても長い陰になった、瑛蒔がちょっとそれで遊んでいた。洲哉に殴られてた、洲哉にも言わないと、本当に目覚められたら困る。
たわいない会話をした、本当に些細な会話だった、といっても一方的に瑛蒔がしゃべって、洲哉はあんまりしゃべらないけど、でもやっぱり懐かしい雰囲気だった、嬉しくてわらったら、洲哉の雰囲気もちょっと柔らかくなった。
そう、この雰囲気だ、ずっと生きてきてずっと知っている雰囲気、何一つ、世界は変わらない、優しい私の帰るべき場所、洲哉が居て、瑛蒔が居て、家に帰れば『お父さん』が居る、あっお父さんは失業中とかじゃなくて、小説家なの、時々、部屋に籠もって自主的缶詰になる以外は、ソファーで新聞を読んでる、しかも朝の。何時間掛けてよんでるのか分かんないけど、隅から隅まで読むとそうなるんだよって、大きな掌で頭を撫でる、そんな日常が帰ってきた。

家の前についたので、門を開けて中に入る。
洲哉と瑛蒔もそれに続いて、玄関のドアを明けて中にむかってただいまー!と大きな声で言った、二人の顔は見えないけど、きっと驚いた顔をしているだろう、リビングのほうから、真っ白な文鳥がとんできて、私の指にとまった。
それを確認して、くるりとふりかえってふたりを見た。
そこで二人にあの噂を知っているかを聞いた、最初瑛蒔は何のことか分かんなかったみたいだけど、洲哉は知っていてそれを簡単に瑛蒔に説明した、洲哉は見識が広いし、頭が良いから説明が巧い、私は黙ってそれを聞く。
それで、それがどうかしたのかと瑛蒔が聞いてきた、洲哉は説明していた最後のほうから、何かを見つけたみたいな顔をしていた、やっぱり頭が良いな、私の言うことすぐ理解しちゃうんだもん。

『お父さん』が帰ってきたんだよ。

そう言うと私の指にとまった『お父さん』はぴちちと鳴いた。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 22:07 | comments(0) | trackbacks(1) |
第一章 −文鳥− 第六話
『愁い幻想館』という店がある。

どこに存在するかは確かではないが、それでも確かに存在する店。
扱うものはたった一つ、人の手では叶えられない、途方もない夢の話。



−文鳥−


くるるとした可愛らしい瞳がこちらを向いてぴちちと鳴いた、あの、だから『お父さん』ちょっとファンシーだよ、可愛いから良いど。
そうおもいながらそのすべすべして、ちょっとしっとりしている艶の良い羽を撫でる。
その様子に、瑛蒔が何故かへたり込んだ、あれ、吃驚しすぎちゃったのかな。
玄関は汚いよ、と言おうとした声は、もう一人の人間の存在でかき消される。


だれに、話しているの?


青い顔をした洲哉が、零すように言った、すこしだけ声が震えていた。
何をいっているんだろう、あっそっか瑛蒔達はこの鳥が『お父さん』だって知らないんだった、それを説明しようとしたら、洲哉が私の手を叩いた、『お父さん』が、ひらりとそれをかわす。それでも吃驚して、洲哉の方を見ると、今度彼は手首を掴んだ、怖くて叩いて、靴のまま玄関を昇った、だってなんだか知らない人みたいだ、洲哉が、見たこと無い人みたいな顔をして、こちらをみている。

なんで、なんでそんな顔するの?どうして、喜んでくれないの?

『お父さん』が帰ってきたんだよ、と言うと、洲哉は何か言っていた、瑛蒔の方を向くと、泣きそうな顔をしていた、その顔は知っている、あの日、瑛蒔が見せた顔だ、洲哉の方を向く、痛そうな顔をしている、苦しそうな、そんな顔、その顔にも見覚えがある。

おじさんは二ヶ月前に死んだんだ!

そんなこと知らない、『お父さん』は此処に居る、私のために帰ってきてくれた、あの日は、永遠のさよならの日じゃなかった、だって今此処に『お父さん』は居るから。
なんでそんな酷い事いうの、『お父さん』は此処に居るよ、なんでそんなこと、死んだなんて言うの、洲哉の莫迦、というと涙がでた、瑛蒔が飛び出して抱きしめてくれた。
大丈夫だから、蜜花、大丈夫だから、と何度も瑛蒔は繰り返した。

『お父さん』は玄関の靴箱の上で首をかしげていた。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 22:30 | comments(0) | trackbacks(3) |
第一章 −文鳥− 第七話
少しでも力を入れたら、あっけなくつぶれて死んでしまう。
そんな小さな動物のようになってしまった蜜花、かわいそうな蜜花、一人ぼっちの蜜花。
ほんわりとしたあの表情、壊れてしまった、かわいそうな子。


−文鳥−


大丈夫だからといいながら、その小さな背中をゆっくりとなでると、小さく震えていた彼女は次第に落ち着いてそのまますぅっと眠ってしまった。
仕方なくベッドに運んだけれど、手で覆った耳はまるでそのまま固まってしまったように動かなかった。なにも聞きたくないんだろうと、そんな風におもうとやるせなかった。
おじさんが亡くなってから、蜜花は目に見えて衰えていった、そのあと何を思ったのか空元気みたいになって、それでもふとした瞬間、たとえばおじさんの書いた本を本屋でみた、とかおじさんと同じような背格好の人とすれ違ったときには敏感に反応して、いつも小さく泣いていた、分かっていて何も言わなかった、それは俺と洲哉の間で無言のうちに決まった約束のようなものだった。それが今日は本当に元気になったみたいだったから、俺も洲哉も安心していたのに、それなのに、こんなのってない。
なにが大丈夫だ、馬鹿じゃないのか、なにも大丈夫じゃない、蜜花も、洲哉も、俺だってもう一杯一杯だ。
一階に下りてリビングに入ると、アイボリーのソファーに洲哉は座っていた。目の前に真っ白な鳥籠が置いてある。あれ?あいつ鳥なんて飼ってたか?
向かい合わせになるように座ると、ずっと考え込んでいた様子の洲哉がこちらを見ないで口を開いた、さっき蜜花は何に対して『お父さん』といったのだろうと、何かを指に乗せるようなしぐさをした、それをなでるしぐさをした、そしてこの鳥籠。俺に向かってしゃべっているのではなくて、どこか自分の中で整理しているような口調だった、だから辛抱強く結論が出るのを待つ、待つのは苦手だし辛抱強くもないけど、仕方ない、だって俺洲哉より頭悪いし、むしろ洲哉は頭良すぎるし、半分くらい分けてくれないかな、特に数学。
愁い幻想館について、調べてみる必要がある、そういって洲哉は立ち上がった、蜜花のうちにはパソコンがない、きっと自分のうちに戻るんだろう。
瑛蒔はここに居て、蜜花と一緒にいてやってくれ、とそんな風に言ったからとりあえず頷いた、今はその方が良いのかもしれない、いいのかな、どうだろう、わからないけど、本当はなにか違うような気もするけれど。
1時間くらいしたら戻るから、と洲哉は蜜花の家から出て行った。

俺はどこかシャクゼンとしなかった、漢字はかけないけれど、これが一番適切な表現だと思う、自信薄いけど。

| 話 −愁い幻想館− (完) | 14:01 | comments(0) | - |
第一章 −文鳥− 第八話
泣いていた、震えていた、おびえていた、何になんてばかげている。


−文鳥−


家に帰るまでの道のりの記憶がすっぽりと抜け落ちたようになくなっている。
どうやって家に帰ったんだろう、どうやって家に入ったんだろう、どうやって息をしていたんだろう、そんなことを考えながら、泥のようになった身体を椅子に沈ませたら、案の定ぎしりとなった。
後悔、うん、まさにそんな感じだよ、なんであんなこと言ったんだろう、なんで蜜花を泣かせたんだろう、なんで抱きしめたのは僕じゃなかったんだろう。そんなことが頭の中でリフレインしてる、ずっと、ずっと。それでもそんなことしている時間は無いのは分かっていたから、身体は一連の動作のようにパソコンを立ち上げていた、なんだか空しい起動音が部屋の中で響く、寂しい。
おじさんは、蜜花のなかで、絶対の人間だった、僕たちのわっかを近くもない、遠くもない、そんな距離で見ていてくれる、そんな絶対な人だった。
グリム童話のどこかのお姫様、塩より愛している、なんて、本当に言いえて妙だ、おじさんは僕たちが形成した生活という料理の中で、塩の部分にあたったんじゃないかな、塩を使わない料理なんて味気なさ過ぎる。なんだかだんだん考えがおかしくなってきたなんて思いながら、ようやく起動したパソコンのインターネットを開く、ノート型って遅くていやだ、デスクトップ買おうかな。
たたいてしまった蜜花の手、少し赤くなってた、なにも聞きたくないって、そんな風に何かから身を守るみたいに小さくなって、縮こまって、耳を閉ざして、僕を見なかった。
蜜花が恐れ、拒絶しているのは世界であり、現実であり、おじさんの居ない日常であり、それを知ってもらいたい僕だ。僕は拒絶された、それも現実だ。
瑛蒔ほど僕は優しくない、壊れないように抱きしめるはずの手で、僕は壊れそうな蜜花をたたいた。大丈夫だといってあげられるはずの口で、僕は蜜花を否定した。
僕が現実で蜜花が夢なら、瑛蒔は僕たちの何になるんだろう。
瑛蒔が二人居てくれたら、この部屋に居てくれるのかな、寂しい音が出るパソコンの前に、僕はなんで一人で居るんだろう。

こんなに果てしなく悲しいのに、涙もでない、カタカタと自分の指が鳴らす、タイピングの音しか聞こえない。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 14:59 | comments(0) | - |
第一章 −文鳥− 第九話
頭がなんだかふわふわしている、あれ、同じ格好で座ってしびれる前とか、歯医者に行った後の口内に似ている。
動いていないみたいな、そんな感じ。

ぴちち、って鳥の声がする。



文鳥



目を覚ますとまだ夕方で、窓からまっすぐ私に向かってオレンジ色の光が伸びていた。
ベッド、ということは、瑛蒔が運んでくれたのかな、前は身長も変わらなかったのに、もうやっぱり瑛蒔は男の子だ、そのうち男の人になって、恋人を作ったり、結婚したりするのかもしれない、いや、たぶんするのだ、瑛蒔も私も、洲哉だって。
じっと手の平を見る、ひりひりするような、ただただ熱い様な、そんな痛みはもうない。
はたかれた、という記憶しかない、過去のもの、関係もそうなってしまうんだろうか。
お父さんも、そうなってしまったんだろうか、私は成長して、お父さんは止まったまま、置き去りだ、戻ってきてくれたと思ったけど、洲哉は喜んでくれなかった、瑛蒔はなんだか何かを恐れていた、私、にかな。
のどが渇いたので、一階に向かう、からからする、咳をすると痛かった。
人間て不思議だ、どんなに絶望しても身体は動く、しびれた脳みそでのどの渇きを訴える、なんだかすごく即物的で、気持ちが悪い、でもそれすらどうでも良かった。
もう全部、どうでも良いよ、のどは渇くし、瑛蒔は泣きそうだし、洲哉は辛そうだし、『おとうさん』はなにも言ってくれないし、私はどうでもいいと投げ出しているし。
どうしてこんな風になっちゃったんだろう、誰が悪いとか、分からないよ。
リビングに通じる扉を開けると、ソファーに座っていた瑛蒔がこちらを向いた、すまなそうな、悲しそうな、どうしていいかわからないような、そんなあいまいな表情で無理に笑う。
どうかしたのか、と聞いてきた声は震えていた、のどが渇いたの、と返すとちょっとまってろと台所に向かった、ここは私の家なんだけどな、と思ったけれどまぁいいことにする。
ソファーに座ると鳥籠の中に『お父さん』は居た。
ぴちち、といって身体ごと横に倒す、かわいい。
ふと、隣から腕が出てきて、ことんと目の前にコップを置いた、瑛蒔だった、そのまま無言で隣に腰を下ろす。
一連の動作を目で追って、おかれたコップの水を口に含んだ。もう何年も飲んでなかったみたいに、水がのどにしみこむ。無言だ。
しばらくして瑛蒔があのさ、と遠慮がちに口を開いた、さっきみたいになんだかいろんな感情がばらばらに身体の中に存在しているみたいな、そんな表情じゃなくて、何かを心に決めたみたいな、そんな顔をしている。
洲哉のこと、嫌いにならないでほしいんだ、って祈るみたいな声で言った。俺たちは蜜花のことがすげぇ大事で、三人の中で唯一女の子だし、扱い方とかわかんないから、どうしても壊さないようにしか接することが出来ないけど、本当に大事だから、洲哉は、あの時たたいたし、怒鳴ったんだ、蜜花に戻ってきてほしくて、現実を見てほしくて、叩いたんだ。俺は馬鹿だし、頭悪いし、この前とかテスト平均40点だったし、数学とか、本当にやばいけど、でも蜜花のことは、生まれてきてからずっと見てたから、それは洲哉も同じだから、あの時洲哉がたたいたのは怖かったかも知れないけど、洲哉がしてなかったら、俺はもっと酷いこと言ったかも知れないから、洲哉は不器用だけど、すげぇ優しいから、だから嫌いにならないで。
なんで、こんなときに限って、瑛蒔はこんな風に言うんだろう。別人みたいだ、転んで泣いてた瑛蒔と、この人が同じ人だとは思えない、やっぱり別人かもしれない、でも横顔がどんなに知らない男の人みたいでも、行き場のない感情を貯めたようなそんなこぶしが震えるのも、肩が力を入れすぎて少しこわばっているのも、やっぱり瑛蒔で、ぽろぽろ涙が出てきた、馬鹿、うん、あほ、うん、へたれ、うん、そんな感じで私が泣きながら暴言を吐いても、ずっと瑛蒔は頷いてた。本当に馬鹿だ、頭悪いよ、瑛蒔、なんで私と一緒に居るんだろう。

ぴちちと又『お父さん』が鳴いた。このとても優しい人が、可能な限り幸せになればいい。
| 話 −愁い幻想館− (完) | 13:57 | comments(0) | - |